ドラマとか、映画とか。
画面の向こうがわでよくあるようなベタベタの展開は、元々かなり好きだった。
そう、所謂ラブ・ロマンスというやつの。

つくりものだと分かっていてもなお、
きれいな恋愛には憧れる。

ーー最も、近頃は全部が全部そうではなくて、
どろどろした薄暗いスト−リーだって確かにある、でも。


現実にもあり得そうな嫉妬劇なんかよりも、
例え既製品だっていい。
どうせならこう、胸の奥とかがキュンとなるような物語を望むのが、ひとの心理ではないかと。


自分は実際には無いだろう、ということ前提でそれを客観視する事が出来る。
そうすることで逆に、心の中の澱が溶かされるというか 浄化されるというか。

だから「自分もこんな恋愛がしたい!」
なんて同世代の女子のが言う夢みたいなことは、思わない。
・・・ほとんど、思わない。


それでもやはり、
生きているうちに一回は、大恋愛ってものを経験してみたいと思っていた。


これ以上ないってぐらいに、他人の事を好きになる感情。

それはどんなにできのいい映画を見ても、自分の感情と一緒くたにはできないものだから。
自分がなってみないと、そういう気持ちだけは分からない。


あとの展開がマンネリ化したものになるか心躍るものになるかは、自分とその相手次第。
脚本のあるものと違って、見えない未来の行く末はすべて自由だ。


いつか来たるべきその相手に向けて、
あらゆるパターンに対する予行演習とシュミレーションは万全
・・・の、はずだった。



「・・・・・・なんで、お前なんかなぁ」


思わずもれた呟きに反応して、視線の先にある相手が顔を上げる。

忍足は、眼鏡を押しあげ細めた目で前を見据える。
テーブルにはアメリカンにしても薄すぎるコーヒーと、身体によくなさそうな
ピンクのアイスに見るだけで甘ったるいチョコレートがかかっている巨大なパフェ。

それだけを見ればその向こうには、
甘いものなら別腹、なんて言ってほほえんでいる可愛い娘のひとりでも
佇んでいそうなものである。

なのに、現実は。


「・・・・・・」


自分よりも高い身長にひろい肩幅、
黒い学生服は氷帝のそれとはまるで違う。

長い手足を若干窮屈そうに収めて座るのは、
紛れもなく同性の、男だ。

手のひらのサイズに比べて華奢にしか見えない銀色のスプーンを器用に扱って、
慣れた手つきで迷わずパフェを攻略していく。


ふと、真正面にある目とばっちりかち合った。


変わった色味の大きな瞳には、こうして前に座るようになって
しばらく経った今でもまだ、自分を釘付けにする不思議な力がある。
蛍光灯しかない室内にいてもまるで硝子球みたいに輝くそれを、
ゆっくり何度か瞬かせ、口を開いた。


「・・何が?」

「・・・・・なんもない。独り言」


静かに目をそらすと、声大きかった、と小声で反論される。
自分の行動は棚に上げ生意気だと思い、机の下で交差する足を蹴ってやると、
少し眉をひそめて、でも3秒後には何もなかったかのようにアイスを崩しはじめる。


天根ヒカル。
ひとつ年下の、体格だけは無駄に良い、れっきとした男。


いま、最も忍足の一番近くにいるのはこの男である。
 


なかなかどうして男前ではあるけれど、
正直、忍足には敢えて恋愛の対象に同性を選ぶ というスキルは持ち合わせていなかった。

けれどいまのこの状況が、紛れもない真実であることは、とうに悟りきっている。
共通点はテニスをすること、お互いあまり喋らないこと、ぐらいで。

趣味も学校も好物も、年齢さえ違う。
もし普通に接するだけの間柄だったならきっと、まず友達になることもなかっただろう。


でも、今。
紛れもなく忍足は、この天根というひとと付き合っている。


真夏の日、
告白こそ向こうからだったものの、
それを受け入れたのは間違いなく自分自身。

妥協とか同情とか、そんなもので動くほど、生ぬるい恋愛思考ではない。
・・つまり、ということは。


結構本気な具合で恋を、してしまっている。
 

今までにありとあらゆるパターンを考える事は出来たがこんなことは予想外すぎて。

結果、筋書き通りの物語とは正反対の、
これまで映画や本をみて蓄えてきた恋愛マニュアルなんて
なんの役にも立たないような道を、自ら選んでしまっている。

どうして なんでと自身に問いただしても、理由なんてわかるはずもないまま。


「ねぇ。忍足さん」


急に名を呼ばれてはっとする。
気が付けば天根の食べていた甘そうなパフェはもう残り一すくいほどになっていて、
顔を上げると最後の苺をちょうど口へ運ぶところだった。


「・・何」

「うん、ね。俺達って付き合ってるんだよねえ?」

「!」


いきなり心の内を読まれたかのような話題の振りにぎょっとして、
顔では平静を保ちつつ、組み替えた足の先が思い切り天根の脛をガツンと蹴り飛ばす。
机の上のコーヒーが、忍足の内心と同じくぐらりと揺れた。


「いてっ」

「あ・・ああ、悪い」

「ーーいい。で、答えて?」

「・・・何やねん急に」

「忍足さん」


子どもじみた問答に、天根がもう一度名前を呼ぶ事で区切りをつける。

普段はボーっと中空を見つめつまらないダジャレなんかを考えているくせに、
ふとした瞬間、急に大人っぽい顔を見せる。

おそらく本人が狙ってスイッチを切り替えているわけではない。
そんなに器用な芸当はこないせないはずだ。
天然のそれは自然すぎていて、本当にずるい、と思う。


「俺達、付き合ってるんだよね」

「…………………、うん」


同じ質問に対しての蚊のなくほどの小さい返事でも、天根の耳にはしっかりと届いたらしい。
引き結んだ唇が緩み口の両端がきゅっ、と持ち上がる。


「ーーありがと。」


得意げにふふん、と笑う顔を見たとたん、ドクンと胸のあたりから喉の奥にまで
こみ上げてきた熱いかたまりのような大きな感情を、ぐっと飲み込む。

心なしか呼吸が詰まりそうになるけれど、顔色をかえないように意識して、意識して。
黙って目線をそらした。


相手にはまだ伝えてない、
自分でも未だはっきりとは認めたくないけれど、でも。

今ではもうくやしいぐらい、天根のことが好きになっている。


こんなにも、相手の行動やしぐさ、
笑った顔ひとつに心を掻き回されるような思いは、生まれて初めてで。


これ以上、ないってぐらい。
つまり、この思いは紛れもなく、一世一代の大恋愛なのだと。
 

もしもそれを伝えたなら、目の前の相手は何と言うだろう?
しかし好奇心はあれど、残念ながら実行に移す勇気はない。
それこそ酒の勢いでも借りないと到底無理だと断言する。



思っていることをストレートに言える相手のことを、時々うらやましいとさえ思う。


相手の返事の可否がもし、自分にとって良いものではなかったとしたら?
そんなふうに先の展開を予見して、回避するすべを覚えてしまったのはいつからだろう。

大人びることとはつまり、狡賢くなることに比例している。
傷つくことを恐れて臆病になっている自分と、天根は全く対極だ。


たとえ何があっても、諦めを知らない。
出会ってまだ数ヶ月、でも感じ取れる、天根という男の人間性。

酷く子どもじみた、拙い生き方だと思う。
卑屈に捕らえてしまうけれど反面、
そんな部分にこそ強く惹かれているのもまた事実で。



「・・でも付き合うって普通、何するんだろ?」


ふいに聞こえた声で、思考の海から現実に引き戻される。
最後のひと口を平らげ、なおまだ食べ足りなげな表情で天根が片肘をついていた。
まだその話続くんかい、と心の中でやんわり突っ込みを入れながら前を見据える。


何をする、 って。

おそらく他意はない。ないんだろう。
けれど、立場的につい深読みしてしまいそうになる。
(遠まわしにそんなことを言ってのけるほど大人の頭脳じゃないからだ)
意識を紛らわすべく、首をぱきりと鳴らす。


「映画とか遊園地でデートするとか・・・?」

「・・ーなんかお前の定義は間違うてる気がするで」


そうかな、なんて首を傾げながら呟く相手はやはり、冗談ではなく真剣のようだ。
忍足としては、こうして学校帰りに二人きりでわざわざ待ち合わせしている段階で、
十二分に「付き合っている」と呼べるんじゃないかと思っている。


些細なことにも 逐一、価値観の違いを覚える。

自分には当たり前の事が相手にとってはそうじゃなかったり、勿論その逆も多々起こり得る。
まったく同じものを見ても、互いに抱く感想は驚くほど異なることが多い。

なのにそれが決して嫌ではなく、新鮮だとすら感じるのは、どうしてか。
理由なんて、とっくに分かりきっている。
 

「・・・・・・そうだ」


ひらめいた、とばかりに天根の声のトーンが上がった。
そろそろまた悪いクセが・・例のつまらないダジャレが来るか、と思い身構える。
相手への感情そのものは偽り切れないものだが、これだけはまだ慣れない。
というかきっと、多分一生慣れない気がする。


忍足の緊張(ある種の)に気づいているのかいないのか、
天根はあまり変わらない表情の中で、さっきと同じく口角だけを吊り上げて密かに笑う。

片方の眉を上げ、暗に次の言葉を促すと、
ふいに天根は右手のひらを自分の顔に寄せ−いわゆるナイショ話をする時のポーズで−
正面にいる忍足のほうへ 座ったままズイ、と身を乗り出した。

とつぜん近づいた顔に驚いて、身じろぎもできずにただ目を瞠る。

すると天根は、こっちに来て、と言うように目の前で指先をちょい、と軽く曲げた。
思わず反射的に、そっと顔を相手のほうへ寄せた。

忍足の険しい表情に苦笑いしながら、天根は更に耳もとに近寄る。


「キスしようか?」


今、ここで。


すぐ耳元で囁かれた信じがたい単語に、
思わず瞠目して、それから反射的に利き手で頭をスパンと叩いた。
小気味良い音とともに天根から変な声が漏れる。

平静を装いながらもどくどくと鳴り響く心臓の音に、
呼吸の仕方さえ分からなくなりそうになった。

そんな忍足の様子には気づかず
天根が悲しげな目をして顔を上げる。


「ーーなぜ・・・?」

「お前あほちゃうか、どないなバカップルやねん」

「・・・バカップルでいいじゃな」

「おれは良うないわ!」


真剣に残念そうな相手の態度にため息が漏れる。
確かに今の自分たちの席は隅の角側で、
まわりからは少し隔離された場所にいる、それでも。

いくら好きだと認識していても
人前でそんなことをするつもりはない。

気持ちを偽るつもりはないけれど、
それを他人に向けてわざわざアピールする必要性も感じない。

したいからしたいようにする なんていうのは、素直というよりも寧ろただの子供の我が儘だ。


ようやく動揺を押さえ込んで正面を向き直ると、
目に見えて落ち込んでいる天根がいる。
さながらダンボール箱に入れられた捨て犬のようである。


価値観、性格、すべての違い。

こちらとしてはイヤだと思わない・・・けれど、
悲しげな顔をさせる率は明らかに自分が発端であることが多い。
天根は、どう思っているのだろう。



実は、こんな自分にだんだんと嫌気が差しているのではないかーーー



・・・行き着いた答えに、背中がゾクリと震える。

今まで考えたこともなかった。
天根の存在が、傍から消えてしまう可能性。


それは紛れもない、恐怖だった。


「・・・・・・・・・・・イヤや」

「・・?わかってまー」


不思議そうに傾けられた首へ手を伸ばす。
一瞬まるくなった目を見届け、顔を近づけて唇を塞ぐ。

軽くて短い、触れるだけのキス。


さっと離れると、
呆然と固まった相手の顔がそこになった。

そもそも、こちらからすること自体めったにない上
あれだけ頑なに拒否した、誰に見られるかわからない公共の場所で、だ。

驚いて当然である。

何より仕掛けた本人も吃驚していた。
衝動的にとはいえ、さっきまで言っていたことと矛盾しすぎている。


「・・・・・・何しとんねん俺・・・!」
「お、おしたりさん、今・・・・・・・!」


同時に口に出しそれぞれ違った理由で頭を抱え込む。
今更になって羞恥心が押し寄せ、不自然な勢いできょろきょろと辺りを見回してみる。

誰しも各自の談笑や食事に夢中で、
ふつうの男子中学生である自分たちなど気にしてはいなかった。

ほっとすると同時に、
ニヤけ面で俯いている天根を見て再び頬が紅潮していく。


「違うで、お・・お前が、あんまりへこんだ顔するから、やな」

「・・・ふ、ふ。キスでドキドキッス」

「やかましわ、どアホ」


半分は真実で、もう半分はウソだ。
本当は自分が不安でたまらなくなったせいなのだから。

せめてものウソの償いに、と
今度のツッコミは口だけにとどめておく。


「忍足さん、忍足さん」

「・・・何やねん」

「好きです。すごく好き」


いつもの大人びた表情をしまい込み、
天根は蕩けるような笑顔を浮かべて言う。

思わずしばし見とれてから、
さっきの自分の心配は些細すぎる杞憂であると気づいた。



「(ーー俺も、好きやで)」



ドラマの中のような、チョコレートみたいに甘い台詞はまだ口には出せないけれど。

少し、ほんの少しだけでもこうして笑ってやれば、
天根を喜ばせることができるだろうか。



END
:::

久しぶりにダビ忍ってみました。冒頭はちょっと前に書きかけてたので、そこに付け足して完成。
甘い・・十分に甘い・・・ 忍足→天根のあしらい方はすごい適当で、とても好きあってるようには見えないけど、
実はLOVEのベクトルはどっちも同じぐらい・・もしくは、うっかりすると忍足からのほうが大きかったりする(!)そんなダビ忍が好きです。
 いろいろ自分の中のダビ忍観を詰め込んでみましたが・・・ロマンチスト忍足が天根に陥落する、そういう恋愛って、いいよね!
いかん止まらないのでこの辺でやめておこう・・お粗末さまでした。
H20/10/03

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