ある、寒い日に。
窓越しに見上げた空は、分厚い雲に覆われて白く濁っていた。
「いつの間にか、冬やなぁ…」
膝にのせたブランケットを少し引っ張り上げながら、忍足は呟く。
暦は未だ11月とは言えど、
日が暮れてしまえば随分と寒くなる。
「…忍足さん、寒いの苦手?」
隣りで甘ったるそうなココアを啜りながら、
部屋の主である天根が同じように空を見て言った。
言葉じりに憂鬱なのが伝わったのかと、心中で思う。
この相手と二人で過ごす初めての冬は、
例年より暖かいと聞いてはいるものの、
寒さに弱い忍足には対して変わらない。
「ん…あんま、好きやないな」
「そうなんだ」
ひやりと涼しい空気の中訪れた沈黙に、
気付かないふりをして少し冷めたコーヒーを口にする。
天根は基本、無口な人間だ。
そしてその表情も、
ほとんど変わることがない。
最低限の言葉とほぼ無表情な顔から、
その感情を読み取るのは難解だ。
出会ってすぐの頃よりは得意になったものの、
やはり、完璧な理解にはまるで至らない。
忍足自身、沈黙は嫌いではない。
むしろ騒々しいよりは、静寂が好きだ。
…しかし、
居心地が悪い訳ではなくても、
まるで自分の動向を探っているような
天根の視線に気付いてしまうといつも、言葉をなくしてしまうのだ。
場を切り抜ける術は得意だったはずなのに、
何故かこの相手には通用しない。
同じように多くは語らないはずの忍足のことを、
しかし天根はまるで周知の事実かの如く分かっている。
心理的…というよりか、野性的な勘というのが正しいのだろうが。
「……って、何、お前」
考えにふけっている間ににじり寄ってきたらしき天根が
ずいぶん自分の近くにいたのを見て、思わず眉をしかめる。
「…ん、寒いのなら、寄ってたほうが温かいかな、って」
そう言うと、天根は忍足の真横に来て、座った。
珍しいものを見るように、忍足はその横顔を眺める。
どこまでも何を考えているのか分からない、
一文字に結ばれた口許があった。
便宜上、いまの自分たちは恋人同士といえる関係にある。
このことに関しても、
忍足には天根の考えが分からない。
ただこうして二人の時間を共有して、テニスのことや学校のことを話し、
時折天根のくだらないダジャレにツッコミを入れたりして。
それはまるで、ただの友達か先輩後輩のようなやり取りだ。
思わずあの日の「告白」は冗談だったんじゃないかと、
忍足が思うほどに。
天根は何も言わず、じっとこちらを見る。
こんな何とも言えない空間を、あれから幾度か、繰り返してきた。
しかし。
今日は何かが違う。
それは天根の家に着いた時からある、少しの違和感。
纏う空気と、視線。
そして何よりプライベートな場所で、
相手がこんなに自分に近付いてくることは、いままでになかったのだ。
変に緊張したまま、忍足は無意味に手の平の筋を弛緩させる。
「…忍足さん」
「うん、」
どきり、と跳ねた心臓を隠して、
何ごともないように相槌を打つ。
天根は、しばらく言葉を選ぶように間を開けて、
やがて覚悟したように言った。
「今日、ね、誕生日なんだ」
「……え」
驚いて上げた顔の向こうで、
何故か困ったように小さく笑う天根と目があった。
「誕…生日て、お前の?俺それ・・・」
「うん、言ってなかった。いま初めて言った」
「…何やのそれ自分、意味分からんわ」
目線が追った先にある、部屋の壁のカレンダー。
11/22、今日の日付は、何の印もついていない、真っ白なままだった。
もう一度天根の方を向くと、天根は、
やはり眉を困った風に傾けていた。
何かを逡巡しているのは確かだけれど、ただ。
先ほどまでは微かに笑っていた口の端が、
また直線の形に戻っていたのにも、忍足は気づいていた。
触れている肩とその温度に気付かないふりで、
忍足は明るく声を放つ。
「お前、昨日のうちに言うてたら、何や土産のひとつでも提げてきたのに」
「…そんな催促みたいなことできないって。あ…んーと、忍足さん」
「何?」
他愛ない会話のやりとり。
しかし、固く交じわった視線は、
どちらからも避けられないほど真剣なまま。
互いに心の内側を覗くような駆け引き。
それが不快なものじゃないのはどうしてだろう。
「ひとつ、欲しいものがあるんだけど」
「うん」
「怒らない?」
「ものに、よる」
薄く口を開いて笑いを浮かべると、
間もなく、そして迷いもなく。
天根の唇がそこに触れた。
「ん・・、」
自然な動作ではあったけれど、
受け止めた自分の落ち着きように、すこし驚いた。
微かにチョコレートの味がするのがあまりに「らしすぎ」て、
忍足は目を閉じ、もう一度笑った。
はじめて触れた唇は案外と柔らかで、
少し溜め息が出た。
「・・・ーふっ」
舌が上唇の裏を辿ると、
むず痒い感覚が走り、思わず手を握り締める。
それから天根は
忍足の存在と感覚を確かめるように柔らかく唇を撫でると、
ちゅ、と音を立てて離れた。
ふっと息を漏らして、
未だに緊張した面持ちの天根の表情を、正面から見据える。
「…」
「…・・・何か、言うことあるやろ?自分」
「忍足、さん」
「ん」
「好きです」
そう言うと、天根はするりと堅さを解いて、
静かに口元に笑顔を浮かべた。
えらく大人びたような表情を前にして
唐突に、今度は忍足に恥ずかしさが訪れてくる。
耳のあたりから頬にかけて、焼けそうに熱い。
先ほどまでの部屋の寒さなど、もはや分からないほどに。
「……あほ、な、…安い誕生日やなぁ、お前」
「俺にとっては世界で一番うれしい誕生日になったっすよ」
「あぁー恥ずかしい、お前の存在が恥ずかしい…」
顔を背けようとした忍足を押しとどめて、
天根は肩に腕を回して、自分の方へと抱き寄せた。
一瞬身体を強張らせて、忍足は相手の方にもたれかかる。
「そうは言うけど、俺いままでで、一番緊張した」
「…分かっとったわ、そんなん」
肩にうずもれながら呟くと、
天根は驚いたようだった。
確かに、会ってすぐの時ならば、
きっとあのときの微妙な空気にも気付かなかっただろう。
ましてや、あの場で天根が何を望んでいたのかも分からなかったはずだ。
そう思ってみると、
一緒に過ごしたこれまでの時間は、
それなりに自分たちの距離を縮めた ということだろうか。
相変わらず天根は無口で無表情で、
何を考えて生きているのかも謎だけれど。
それでもキスが自然に受け入れられたのは、
単に偶然や冗談なんかではないのだと。
そして、自分もこの男のことが、同じくらい好きなのだと思った。
言葉ではまだ、伝える勇気はないのだけれど。
「…天根」
「うん」
「誕生日、おめでとォ」
天根は「最高のプレゼント」だと言ったけど、
今度の休日が重なったときには、好物のパフェでも奢ってやろう。
初めて背中に感じる腕の重みを確認して、
忍足はそばにある天根に頬を寄せた。
外は12月に近づき、寒くなる一方ではあるが、
今年の冬はいつもより、暖かく感じられそうだ。
☆*★Happy BirthDay, Hikaru Amane !!☆*★
END
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天根誕生日にダビ忍発ちゅー、という。そのまんまな噺・・♪すーてきにキーッス(錯乱)
あぁ〜何ごとも「はじめて」物語って萌えるなぁ・・恥ずかしさに悶えながら頑張りました。
はじめてなのでさすがに軽めのキスのつもり。緊張する天根って珍しくて可愛い・・!
こんなんですが2005年末までお持ち帰りフリーです(不要だよ)
背景画像はこのページからのDLはご遠慮くださいませ〜!
やっぱりダビ忍大好きです。そんな気持ちが伝わる文になっていればな、と思います。笑
そして天根おめでとう!
H17/11/22
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